2007年10月27日
曼珠沙華
私の坐っている土手にはまんじゅしゃげが日を受けて緋色の花弁を開いていた。その志古奥という土地を単に通過する者でしかない私だが、妙になつかしい。ゆっくりと藁をかき集め火を立てようとする女を見て、この旅で私が見たい、知りたいと求めて来たのは、こんな光景だ、と思う。どこにでもある光景である。そして私は、このどこにでもあるなつかしい稲の煙のにおい、女性ではなく母のような女の立ち働く姿を見て、この光景を、回路にかけて分光する事がむごい事だと思った。いや、この旅は、そのむごい事をする覚悟で出た旅だった。
中上健次 / 「紀州」 / 紀伊長島 より
Posted by sndicegame at 23:39│Comments(0)
│その他